1月に旅行ジャーナリストの兼高かおるさんが、3月には生活評論家の吉沢久子さんが亡くなられたのを知った時、都度母のことを思い出し、母の若き日々に思いを巡らせました。

子供の頃に母から聞いた懐かしいお名前。調べたら、吉沢久子さんは母より7つ上、兼高さんは母より3つ下。吉沢さんは101歳、兼高さんは90歳だったそうです。

母も去り、自分が子供の頃から活躍を見てきた方々が次々と他界されるのは淋しいものです。

先日「徹子の部屋」の上半期追悼特集を見ていたら、お二人のことも取り上げられていて、再び母のことを思い出しました。

吉沢久子さんは私が子供の頃、家でとっていた新聞に連載コラムを持たれていて、母が熱心な読者で、吉沢さんについて私に話をしてくれました。

それからは近年もテレビでお見かけすると、まだお元気で活躍されているんだなぁと思いながら見ていました。

兼高かおるさんは、私が子供の頃、母がテレビの「兼高かおる世界の旅」を毎週楽しみに見ていました。

兼高さんの言葉遣いがきれいで気品がある女性だと言ってお気に入りでした。

世界を飛び回るハツラツと美しい女性兼高かおるさんの生き方は母の憧れだったのだろうと思います。

調べてみると、番組が始まったのは1959年12月。当時母34歳。私が7歳、妹が1歳。弟はまだ生まれていません。

母は家事と子育てに明け暮れながらも、世界に心を馳せていたに違いない。

子育ても終え、孫育ても一段落して、60も過ぎてから俄然海外に行き始めた母。

好奇心の人一倍強い母だから、晩年ついに若き日の憧れを現実のものとしたのかな。

そういえば、「世界ふしぎ発見」は亡くなるまでずっと一緒に見ていて、そして私は今でも見ています。母のお供で行ったトルコやエジプトやアフリカを思い出しながら。


2006年7月 母81歳 バリ

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